凄い人 その2
■ボーランド・インターナショナル社
卒業後、故郷に戻って数年間数学の教授を務めましたが、30歳のとき、「シリコンバレーのフィーバーぶり」をこの目で見ようとアメリカに渡りました。
革新的な新しいソフトウェア、ターボ・パスカルを携えて。
カーンは自分のアイデアを発展させる援助者を求めて、大手ソフト会社やベンチャー・キャピタルの門を叩きました。
「パスカルの新バージョン」を競争相手の4分の1の価格で通信販売したいーーだが既存のソフト会社は保守的な考えに凝り固まり、耳を貸そうとしません。
PASCAL系の高級ソフトでは、どう頑張っても4万本がいいところでした。
値段が下がれば広がる市場とはちがう、というのでした。
だがカーンは83年11月に自力で最初の製品を市場に出し、通販で1カ月に2万5000本以上売りました。
後にターボ・パスカルは、最も高性能な市販プログラミング・ツールとして、パソコン専門誌『PCウィーク』の「プロダクト・オブ・ジ・イヤー」に選ばれています。